関空駐車場ウェーブパーキング関空

民間の関空駐車場が組合運営されるまでには様々な背景があった。この大きなプロジェクトはさすがに難しい問題をたくさんに抱えており、その利害関係を調整するのは至難の業であったと思う。それは世界的な国家プロジェクトだからです。関空新空港の早期実現を図りたいという経済界の意識が、一方では主要企業集団に分かれた競争体制を取る半面で、経済界として協調もしていくという両面作戦を取らせたといえよう。こうした背景にあったのは、第一次石油危機への対応という経済界共通の危機意識があったからである。

主要企業集団の動きは七六年から七八年にかけて、相次いで関西新空港問題への対応組織を結成するという形で表面化している。三菱、三井、住友、芙蓉、三和、第一勧銀の六大企業集団の動きがそれで、同時に個別企業もそれぞれ企業内組織を設置した。関空における駐車場問題もその水面下では進んでいたと思える。

「関空新空港問題への対応は住友にとって二つの意味がある。一つは住友の技術陣を挙げ、幅広い技術開発に挑戦していくこと。二つには関西を基盤とする住友が新空港建設を機に周辺地域の整備・発展に、どういう役割を果していくかにある」この時はこの先で起こる関空駐車場戦争は誰も予想していなかったことであろう。

住友関西新空港協議会の会長に就任した伊部恭之助住友銀行会長はその目的をこう説明していた。 六大企業グループによる新空港問題組織結成の狙いは、いずれも同様のものであり、その第一はグループ参加企業に新空港に関する価値ある情報を提供するとともに、共同研究に取り組んでいくこと、第二には企業集団としての資本と技術を結集し、新空港の建設に参画していくこと、つまりグループによる受注体制を整備していくこと、第三には新空港の建設に関連して動き出す周辺整備プロジェクトにグループとして対応していくことIにあった。こういう大きな企業の志とは異なり小さな利害と地元の経済発展のために関空駐車場の組合運営は目標を定めていきました。

一方、住友関西新空港協議会に集まった企業は百六社(現在は百七十八社)、E菱グループによるおおぞら会には百社(同百三十社)、三井関西空港連絡会には六十社(同百十六社)、E和グループ関西新空港連絡会には八十一社(同百十三社)、第一勧銀グループのFKC空港対策連絡会には五十六社(同七十一社)、そして芙蓉グループによる芙蓉関西新空港懇談会には三十五社(同七十四社)がそれぞれ参加している。

現在、関空駐車場の組合は2つに分かれておりそれぞれ数十の業者で構成されている。これは関空に認可を受けお客様の待合場所を提供してもらっている。しかし、その他にも関空の認可を受けずに営業している闇業者も数十あるようだ。

関空と民間駐車場

経済界の動きが、再び活発化しはじめたのは、七四年八月の航空審議会答申(第一次答申)を受けてのことである。我々、関空駐車場の民間業者もこの動向に注目していました。

前年の七三年十月に始まった第四次中東戦争で、アラブ諸国が打ち出した石油戦略によって世界経済は大きく動揺した。石油価格がでバレル三・三ドルから十一・四ドルヘと急騰したためである。このため日本経済は七四年度にはマイナス成長に陥り、その経済繁栄が、あたかも「油上の楼閣」に過ぎなかったことを見せつけるかのごとく、もろくも崩壊した。

航空審答申は、日本経済のこうした苦難のなかで出されたのである。当面する石油危機不況の克服と今後の低成長路線への軌道修正にあたり、内需拡大-新空港建設への期待といった形で、新空港問題にもフォローの風が吹いてくると思われたからである。単に関空が出来て駐車場を運営し、地元経済の発展に寄与しようという思いもこういう経済的な影響まで考えなければならないとは思ってもいなかった。

関西新空港問題に対する経済界の動きは、一つには主要企業集団が各グループ企業の総力を結集し、いっせいに、しかも活発な取り組みを始めたこと、二つには造船、土木・建設といった業界団体を中心に結束を強めたこと、三つには、こうした企業集団や業界団体としての共同行動の一方で、産・官・学三者構成機関である財団法人大阪科学技術センターを中心に、広く経済界をまとめる形で、新空港の建設に関連する技術問題や周辺地域の整備問題についての共同研究に乗り出す1といった動きに集約できる。組合を作り、民間の関空駐車場を運営するという動きもこれに合わせて加速する必要があった。お膝元の駐車場が高価格な上に関空への橋を渡る自動車走行料金までも必要となっていたからです。

http://www.waveparkingkanku.com/ 関空ウェーブパーキング

 

北欧雑貨発展の歴史的背景

北欧雑貨で有名な北欧は、古くから豊かとはいえない地域であった。その事情は国によってさまざまである。デンマークはバ声卜海と北海に挟まれたユトランド半島と、小さな島々で構成された国。土地を掘っても水しかでない、といわれるほど資源に乏しい。国土が平坦で、川もない。国内最高峰のアヤーバウンホイ山は標高173メートルで、ダムも造れない。それらもあってか地味な暮らしぶりが身につき、暗く長い冬は必然的に家で過ごす時間が長く、自然と思索的になる。このような生活環境は雑貨や家具作りに没頭できる背景があったのかもしれない。北欧雑貨を見るとき、このような歴史や自然の状況が目に浮かぶのは私だけだろうか?北欧雑貨や家具以外でも、このことは、キルケゴールなどの哲学者が生まれる所以のひとつだろう。手先が器用で、北欧雑貨などのものづくりにおける独自の文化と思想がある。スウェーデンは北欧4カ国の中で唯一地下資源がある国。だから北欧のほかの国にくらべて金持ちが多い。地形的にはスカンジナビア山脈が南北に連なり、平野部は少なく、冬の寒さも厳しい。国土の8割が冷帯に位置し、農地に適した土地がわずかで農業従事者も少ない。デザイン的には、シンプルで保守、機能的なものを好む傾向がある。北欧雑貨や家具は全体的にこの傾向があるのは否めない。北欧の代表格ノルウェーは南北に長くフイヨタドに囲まれた独自の地形をしている。国土の面積は日本とほぼ同じ。先祖がグァイキッグの出だからか進取の気性も高い。冬は長く厳しいが、暖流のノルウェー海峡の影響で、地域によってはバルト湾沿岸より温暖な気候だ。現在は西側諸国有数の石油輸出大国でもある。フィンランドは19世紀初頭まで600年以上もの間スウェ-デン領だった。その後も20紀初頭までロシアに占領された歴史をもち、独立は今日の先進国としては一番遅い1917年。国土は湖と木が大半。家具づくりにいい白樺は少なく松が多い。北欧雑貨はこういった環境の中、デザインと技術が高められていった。

関空駐車場 エースカーサービス関空

組合が運営する民間の関空駐車場が稼動するまでの歴史的背景だが、経済界トップの取り組みとは裏腹に、候補地をめぐる地元の動きはいっこうに収まる様子はなく、神戸が「公害なき関西新空港を推進する会」を結成すれば、堺、泉大津、岸和田、貝塚、泉佐野の阪南五商工会議所も同様な誘致組織を設立するという動きに出た。関空へ向けての新空港の誘致に対する地元それぞれの思惑は複雑で、またそうした思惑の裏にある地域間の不信感が働いていたことも否定できないところである。また、関空駐車場を運営しようとする地元民間業者にとってもどこの場所に誘致されるかということは、土地確保において重要事項なので、注目していていました。

しかし、皮肉なことに、万国博の開催を一つの契機として、一方では高度経済成長の歪みとしての公害-環境問題が大きな社会問題として取り上げられ、とりわけ、航空機騒音の発生源としての空港は、環境破壊の代表例としてその矢面に立たされることとなった。

「開発 即 悪」といった風潮の高まりは、経済界の関空新空港問題への対応に、大きなプレッシャーとなった。とくに経済界が警戒をしたことは「経済界の独走」といった批判の高まりである。また、成田空港での激しい反対運動が関西に飛び火してくることへの心配もあった。 こうした後退ムードに追い打ちをかけたのが、七三年秋からの政府による総需要抑制策である。主要企業集団や個別企業に芽生えつつあった関空新空港対応のための組織づくりへの動きにもブレーキがかかり、経済界の新空港問題への取り組みが、深く、静かに潜行するという時期に入っていた。